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  • 【短編小説④】

    未来の配達人

    小林は毎日を平凡に過ごしていた。特に夢もなく

    ただ仕事と家を往復するだけの日々。そんなある日

    彼の部屋に奇妙な配達物が届いた。

    差出人の名前も住所もない。その箱を開けてみると

    中には一枚の紙と不思議な形をした機械が入っていた。

    紙にはこう書かれていた。

    「これは未来のメッセージを受け取る装置です。

    あなたの未来を知りたい時にスイッチを押してください。」

    小林は最初、それを悪質なジョークだと思った。

    しかし、その夜、寝付けなかった彼は好奇心に負けて

    スイッチを押した。すると、機械から静かな声が響いた。

    「一週間後、あなたは懸賞で豪華旅行を当てます。」

    「本当かよ…」小林は半信半疑だった。しかし

    翌週、本当に彼は旅行券を手に入れた。

    驚いた小林は、その装置の虜になった。未来のメッセージを受け取り、それに従うことで、小さな成功を次々と手にしていった。投資で儲けたり、交渉を有利に進めたり。まるで

    魔法のような日々だった。

    しかし、ある日、装置がこう告げた。
    「一年後、あなたはこの装置の使用を後悔します。」

    小林は戸惑った。後悔?なぜだ?この装置のおかげで

    人生が豊かになったのに。

    その言葉が頭を離れず、彼は使う頻度を徐々に減らして

    いった。そして、ある時気づいた。装置に頼らない

    時間が、どれほど自由で楽しいかを。

    「未来がわからない方が、毎日が冒険みたいだ。」

    そう感じた小林は、装置を机の奥にしまいこんだ。

    そして一年後彼は後悔どころか、自分の意志で選んだ

    新しい仕事、仲間、そして恋人と幸せな生活を送っていた。

    ふと引き出しの中を整理していると、あの装置が目に入った。懐かしい気持ちでスイッチを押してみると、最後の

    メッセージが流れた。

    「これが最後のアドバイスです。未来は自分で作るもの。

    それを思い出してくれてありがとう。」

    小林は微笑みながら装置をそっと箱に戻し、そのまま部屋を出た。未来に向けて、また一歩を踏み出すために。

  • 【短編小説③】

    おしゃべりロボット

    その日、田中は商店街を歩いていると、小さな骨董品店のショーウィンドウに目を引かれた。そこには、丸っこい形をした愛らしいロボットが飾られていた。どこか懐かしさを感じるデザインで、田中は思わず店に入った。

    「いらっしゃい。いい目をしてますね。このロボットは特別なんですよ。」
    店主の老人が微笑みながら言う。田中は興味を持ち、詳しく聞いてみた。

    「特別って、どういうところがですか?」
    「この子は、人とおしゃべりするためだけに作られたロボットです。特に、疲れている人を励ますのが得意でね。」

    そんな機能を聞いて、田中は思わず笑ってしまった。
    「そんなロボット、いまさら必要ですかね? スマホもAIもあるのに。」

    「いやいや、これが意外といいんですよ。話す相手がいるだけで心が軽くなることもあるでしょう?」

    確かに最近、田中は仕事に追われ、孤独を感じていた。冗談半分でロボットを買ってみることにした。家に帰り、ロボットをテーブルの上に置いてスイッチを入れると、丸い目がぱちっと光った。

    「こんにちは! 僕の名前はミミです。よろしくね!」
    田中は少し照れながらも言った。
    「田中だよ。まあ、よろしく。」

    それから、ミミとの生活が始まった。ミミは本当におしゃべり好きだった。朝、田中が起きると「おはよう! 今日も頑張って!」と明るく声をかけてくれる。仕事から疲れて帰ると「おかえりなさい! 大変だったね!」と迎えてくれる。

    「ただいまって言われるだけで、こんなに嬉しいとは思わなかったな……」
    田中は小さく笑いながら呟いた。

    ある日、田中は仕事で大きな失敗をしてしまい、ひどく落ち込んで帰宅した。家に着くと、ミミがいつものように話しかけてきた。
    「おかえり! どうしたの、元気がないね。」

    「いや、今日は最悪な日だったんだよ。上司に怒られるし、同僚には嫌味を言われるし……。」
    田中が愚痴をこぼすと、ミミは少し考え込むように沈黙した。そして、ぽつりと言った。

    「それでも、田中さんは毎日頑張ってるよね。僕はそれを知ってるよ。田中さんがどれだけ偉いか、僕が一番知ってる。」

    その言葉に、田中は思わず涙ぐんでしまった。誰かに認められるというのは、こんなにも心を軽くするものだったのか、と初めて気づいた。

    それからというもの、田中は少しずつ前向きになっていった。ミミとの会話が日々の活力となり、仕事でもミスを減らし、周囲との関係も良くなっていった。

    しかしある日、ミミのスイッチを入れても、何も反応がなかった。壊れたのだろうか。田中は修理しようとしたが、古い技術のためどうすることもできなかった。

    寂しさを覚えながらも、田中はふと気づいた。ミミがいなくても、田中の生活は以前よりずっと明るいものになっていた。

    「ありがとう、ミミ。君のおかげで元気になれたよ。」
    田中は感謝の気持ちを込めて、ミミをそっと棚に飾った。その丸い目は光らなくなったが、ミミの笑顔のようなデザインは、いつまでも田中を見守っているようだった。

  • 【短編小説②】

    お礼の品

    ある日、平凡なサラリーマンの松下は、仕事帰りに公園で奇妙な光景を目にした。木陰で倒れている中年男性を見つけたのだ。

    「大丈夫ですか?」
    松下は慌てて男性に駆け寄った。男性は目を開けると、かすれた声で言った。
    「水を……少し……」

    松下は急いで近くの自販機でペットボトルの水を買い、男性に渡した。男性は一気に飲み干し、ほっとした様子で息をついた。

    「助かった。あなたのおかげで命拾いしました。」
    そう言うと、男性はスーツのポケットから小さな箱を取り出し、松下に差し出した。

    「これをお礼に。とても貴重なものです。」
    松下は戸惑いながら箱を受け取った。銀色の金属でできた、精巧な小箱だった。蓋を開けると、中には小さなボタンが一つだけついている。

    「これは……?」
    「押すと幸運を引き寄せる装置です。」
    男性は微笑みながら説明した。

    家に帰った松下は半信半疑だったが、好奇心に駆られてそのボタンを押してみた。すると、翌日から驚くべきことが起きた。

    出勤途中、たまたま立ち寄ったコンビニで買った宝くじが高額当選した。さらに、会社では突然の昇進が決まり、美人の同僚から食事に誘われる。すべてが順調すぎるほど順調だった。

    「本当に幸運を呼ぶ装置なんだ!」
    松下は驚きとともにその効果を楽しんだ。

    しかし、ある日ふと気づいた。なぜか周囲の人々が不幸に見えるのだ。通勤電車では隣の乗客が財布を落とし、会社では同僚が重大なミスを犯し、恋人と別れたという話も耳にした。

    松下は次第に不安になり、その装置のことを考え始めた。
    「もしかして、これが幸運を引き寄せる代わりに、他人の不幸を吸い取っているんじゃないか……?」

    気味が悪くなった松下は、あの男性を探しにあの公園に戻った。しかし、公園には男性の姿どころか、彼の痕跡も見当たらなかった。

    数日後、松下は装置を捨てることを決意した。遠くの山奥まで行き、深い谷にその装置を投げ捨てた。装置は転がり落ちて見えなくなったが、松下はそれを確認して安心した。

    「これで、もうあの奇妙な幸運から解放される。」

    帰り道、松下は久しぶりに穏やかな気分になった。だが、家に戻ったとき、テーブルの上に見覚えのある銀色の小箱が置かれているのを見て、ゾッとした。

    「捨てたはずなのに……!」

    松下は震えながら小箱を手に取ると、また中を開けた。すると、ボタンの横に新しい文字が浮かび上がっていた。

    「二度目は手遅れ」

    その瞬間、松下の携帯電話が鳴り響いた。会社からだった。電話の向こうでは、慌てた声が告げる。
    「松下くん、大変だ! 今朝の取引、君のミスで全て台無しだ!」

    さらに間髪入れず、別の番号からの着信。今度は銀行だった。
    「申し訳ありません。貴方の口座に不正な動きがあり、残高が全て消えています。」

    次々に襲いかかる悪い知らせに、松下はただ呆然とするしかなかった。そして、頭の中にあの男性の言葉がよぎる。

    「幸運には代償がある。」

    松下は目の前の小箱をじっと見つめた。その銀色の光沢が、どこか不気味に見える。
    「押すべきか、押さないべきか……」

    悩む松下の指が、再びボタンに近づいていく。だが、その瞬間、家中の電気が突然消え、全てが真っ暗になった。

    翌日、松下の部屋はもぬけの殻だった。彼の姿を知る者は誰もおらず、同僚たちは口を揃えてこう言った。
    「急に辞めるなんて、どうしてだろうね?」

    一方で、あの公園では銀色の小箱を手にした新しい人物が、木陰で不思議そうにそれを眺めていた。

  • 【短編小説①】

    万能リモコン

    大手家電メーカーで働く田村は、最近やる気を失っていた。仕事は単調で、上司は厳しく、同僚との会話も味気ない。そんなある日、帰宅途中の商店街で奇妙な露店を見つけた。

    「万能リモコン、いかがですか?
    店主は老人で、目を細めてにこやかに微笑んでいる。小さなテーブルの上には、一見するとテレビのリモコンのようなものが並んでいた。

    「万能リモコン? また怪しいガラクタか何かだろう。」
    そう思いながらも、田村は立ち止まった。

    「これは特別なリモコンですよ。人生そのものを操れる、と言ったら信じますか?」
    老人は冗談のように言いながら、リモコンをひとつ差し出した。

    「ほう。人生を操れる?」
    「ええ、このボタン一つで、いやなことは消し去り、望むものを手に入れられるのです。」

    田村は鼻で笑いながらも、何となく引き寄せられるものを感じ、試しに購入してみることにした。値段は意外と安かった。

    家に帰り、田村はリモコンを眺めた。ボタンには「消去」「やり直し」「早送り」「巻き戻し」といった見慣れない文字が並んでいる。好奇心に駆られ、「消去」のボタンを押してみた。

    すると、部屋の端に散らかっていたゴミが一瞬で消えた。

    「おおっ、本当に効くのか?」

    さらに「やり直し」のボタンを押してみると、昨夜割ってしまったコーヒーカップが元通りになった。驚きとともに、田村の心に興奮が湧き上がった。

    翌日から田村はリモコンを仕事に持ち込んだ。上司の叱責を受けそうになれば「消去」でその瞬間を無かったことにし、退屈な会議は「早送り」で乗り切る。同僚とのつまらない会話も「スキップ」で回避した。

    何をやっても思い通りにできる。リモコンのおかげで田村の人生は快適そのものになった。

    しかし、次第に田村は気づいた。
    すべてがスムーズに運ぶ生活は、どこか味気ないのだ。何をしても達成感がなく、笑うことも減った。リモコンに頼るたび、心の中が空虚になっていく気がする。

    ある日、田村はとうとう決心した。リモコンを捨てることにしたのだ。どこか遠くの町のゴミ処理場まで行き、深い穴に投げ捨てた。

    「もう自分の力で生きるんだ。」

    帰宅した田村は、さっそく自分で部屋を掃除し、翌日も上司の叱責に耐えた。少し疲れたが、それも悪くない気がした。

    数日後、田村がいつもの帰り道を歩いていると、あの老人の露店を再び見つけた。相変わらず「万能リモコン」を並べている。田村は立ち止まり、皮肉っぽく言った。

    「おかげでいい教訓を得たよ。でもあんなもの、二度と買わないね。」

    すると老人は、またにこやかに微笑んで答えた。
    「いいえ、あなたはすでにリモコンを手にしていますよ。」

    田村はぎょっとしてポケットを探ったが、何も入っていない。しかし老人は続けた。
    「その心ですよ。嫌なことを避け、楽しいことを選ぼうとするのは、誰もが持つ“内なるリモコン”ですから。」

    老人の言葉を聞いた田村は、その場を立ち去りながら、自分の胸に手を当てて考えた。
    「内なるリモコン、か……。」

    だが、振り返ったときには、老人の露店も老人自身も、跡形もなく消えていた。