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  • 【短編ホラー小説】

    連鎖する恐怖

    「ここが噂の廃屋か……」
    薄暗い夜道を歩いてきた大学生3人組は、目の前に現れた木造の廃屋を見上げた。見るからに古びていて、窓は割れ、蔦が絡まる不気味な建物だ。地元では「誰も住まない呪いの家」として有名で、肝試しスポットとして恐れられていた。

    「いや~、これ本当に入るのかよ。やばい雰囲気しかしないぞ」
    リーダー格の隆司が笑いながらスマートフォンを取り出す。「まあまあ、こういうのは動画に撮ってSNSに上げれば一躍有名になれるって!」

    3人は意を決して廃屋の中に足を踏み入れた。

    廃屋の中は異様なまでに静まり返っていた。古びた家具が散乱し、カビ臭い空気が漂う。隆司がスマホのライトで周囲を照らしながら撮影を続けると、不意に背後から「ギシッ」という足音が聞こえた。

    「おい、誰だよ、そんなベタなことしてんの!」
    「いや、俺じゃない……」
    振り返ると誰もいない。だが、次の瞬間、影のようなものが視界の端をよぎった。

    「マジでやめろって……!」

    緊張感が高まる中、一行は奥の部屋へ進んだ。その部屋の壁一面には奇妙な文字が掻き殴られていた。

    「見た者、伝える者、全て呪われる」

    突然、スマホの画面がノイズで埋め尽くされ、耳障りな音が響き渡った。同時に、全員の周りに不気味な気配が漂い始めた。

    「出よう、もうやめよう!」
    誰かが叫んだが、出口に向かおうとした瞬間、ドアが勢いよく閉まる音がした。

    どうにか逃げ帰った3人は無事を喜びながら、その日のうちに撮影した動画をSNSに投稿した。
    「ヤバすぎ! 本当に呪いの家だった!」というキャッチコピー付きで。

    投稿はたちまち拡散され、再生回数は数日で数百万回に達した。コメント欄には「怖すぎる」「こんなことが本当にあるのか?」といった声があふれる一方で、「俺も行ってみる」と言い出す者まで現れた。

    だが、それを見た人々に異変が起こり始めた。動画の再生中に奇妙な声が聞こえる、画面の中に不可解な影が映る、さらには夜中に黒い影が家の中をさまようという報告が相次いだ。そして投稿者である3人にも次第に異常が訪れた。

    ある日、隆司が動画のコメント欄を見ていると、奇妙な投稿を見つけた。

    「次は君だ」

    ぞっとして振り返ったが、誰もいない。だが、画面を再び見ると、自分の背後に立つ黒い影が映っていた。その瞬間、スマホが異常な熱を帯び、手から落ちた。

    翌日、隆司が失踪したことを皮切りに、仲間の2人も次々と消息を絶った。

    しかし、動画は未だにネット上に残されている。誰かがそれを再生するたび、恐怖の連鎖が続いていくのだ。

    廃屋の動画がネット上で爆発的に拡散し続ける中、その影響はさらに広がりを見せていた。閲覧者の中にはただのエンターテイメントとして楽しむ者もいれば、恐怖に震える者もいた。しかし、その「呪い」の本当の恐ろしさを知る者はまだいなかった。

    ある高校生の場合

    深夜、1人の高校生が廃屋の動画を見ていた。イヤホンから漏れる不気味な音声に「怖すぎ!」と震えながらも興奮していた。すると、動画の最後、背後に立つ黒い影が画面いっぱいに映った瞬間、イヤホンから突然耳鳴りのような音が響いた。

    「……なんだよ、ビビらせやがって」

    しかし、その瞬間、彼の部屋の窓がカタカタと揺れ始めた。風もないのに、窓ガラスには無数の手形が浮かび上がる。高校生は恐怖で動けなくなったまま、窓を見つめた。

    やがて手形が消えると同時に、彼のスマホが勝手に点灯し、動画が再生され始める。停止ボタンを押しても反応しない。画面の中、例の廃屋が映し出されると、次の瞬間、自分の名前が壁に浮かび上がったのを目撃する。

    「嘘だろ……なんで俺の名前が……?」

    その夜を境に、彼は学校に来なくなった。

    恐怖を探る者

    ネットでは「廃屋の呪い」に関する考察や都市伝説を語る者が現れ始めた。あるYouTuberがさらに再生数を稼ごうと、動画を検証する企画を立ち上げた。

    「この廃屋の真相を暴きます! 実際に現場に行って、謎を解明してみせます!」

    動画は大きな注目を集め、放送当日は数十万人がリアルタイムで視聴していた。彼は現場に入り、動画の中で見た呪いの文字や部屋の状況を詳しく撮影していく。

    だが、ライブ配信の途中で突然カメラが激しく揺れ、画面が真っ暗になった。かすかに彼の叫び声が聞こえた後、配信は途絶えた。コメント欄は恐怖に満ちた視聴者の声で埋め尽くされた。

    「彼に何が起こったんだ?」
    「これはただの演出じゃない。マジでやばい!」

    その配信者もまた行方不明となり、警察が捜査に乗り出すが、廃屋には何の痕跡も残されていなかった。

    最後の動画

    その後も、「廃屋の呪い」はネットを通じて連鎖し続ける。最初に投稿された動画の再生数は1億を超え、廃屋に足を運ぶ者、恐怖体験を語る者、そして次々と消える者が後を絶たない。

    だがある日、謎のアカウントから新たな動画が投稿された。その動画は、初めての廃屋動画を最後まで再生した者にだけ表示されるという奇妙なものだった。

    動画の冒頭には、廃屋の薄暗い内部が映し出されている。そして次の瞬間、画面に現れるのは失踪した隆司や彼の仲間、さらにはこれまでの犠牲者たちの姿だった。彼らは何かに怯えた表情を浮かべ、無言でカメラを見つめている。

    最後に、真っ黒な背景に赤い文字が浮かび上がった。

    「逃げられない。これを見た君も、もうすぐだ。」

    動画はそこで終了するが、それを見た人々は次々と姿を消していった。

    今なお、ネットのどこかにその動画は存在している。再生ボタンを押してしまった者が、最後にどうなったのかを知る術はない。ただ1つ確かなのは、その呪いが終わることは決してないということだ。

  • 【短編小説】

    消える山

    山間に住む写真家の陽介は、不思議な体験をしていた。
    近くの山を撮影すると、どうしても写真に山が映らないのだ。最初はカメラの不具合だと思い新しい機材を購入したが、結果は同じ。目の前にそびえる山は確かに存在しているのに、写真にはただの青空が写るだけだった。

    不安になった陽介は、地元の喫茶店で噂を耳にした。「あの山は、人を選ぶ山だ」と。地元では昔から、特定の人だけが山の異常を目にするという伝説があった。

    その喫茶店で陽介は、奇妙な老人と出会う。老人は皺だらけの手でゆっくりとコーヒーカップを傾けながら、陽介にこう言った。
    「お前さん、あの山に触れたな」

    陽介は驚いて頷く。
    老人は続けた。「あの山はな、もともと存在していない。ただ、人の欲望や恐れが形を作った幻のようなもんだ。そして、その山を見た者はやがて山に取り込まれる運命だ」

    老人の声はどこか淡々としていたが、陽介は背筋が凍るのを感じた。「取り込まれるってどういう意味ですか?」
    老人はにやりと笑い、「自分で確かめるといい」と言い残し、店を出ていった。

    その夜、陽介は夢を見た。夢の中で、彼は山を登っていた。山の空気は異様に重く、聞こえるのは自身の荒い息遣いだけ。頂上にたどり着いた瞬間、山が彼に語りかけてきた。
    「お前も私の一部になれ」

    陽介は目を覚ましたが、身体に違和感を覚えた。部屋の鏡を見ると、彼の瞳が黒く変色し、皮膚には苔のようなものが生えていた。恐怖に駆られた陽介はカメラを持ち、最後にもう一度山を撮影しようと決意した。

    翌朝、地元の人々は陽介が住む家を訪れたが、彼の姿はなく、残されていたのは奇妙な一枚の写真だった。そこには、以前はどこにも映らなかった山がくっきりと写っていた――ただし、その山の中腹には、木々に溶け込むように陽介そっくりの人影が見えたという。

    喫茶店の老人は、その写真を見ながら静かに微笑んだ。彼の目の奥にも、同じ黒い瞳が光っていたのだ。

  • 【短編小説15】

    森の記憶

    街のはずれに、誰も近づかない森があった。地元の人たちは「入ると帰ってこられない」と噂し、その場所を避けていた。だが、大学生のケイはその話を全く信じていなかった。

    「ただの迷信だろう。科学的に説明できるさ」。

    ケイは一人で森を調査しようと思い立った。幼い頃からオカルトや超常現象に興味があり、「謎」を解明することが趣味だったのだ。

    森に足を踏み入れると、空気が急に変わった。風の音が消え、代わりに木々のざわめきが耳を満たす。まるで何かがケイの動きを監視しているような感覚だった。

    「気のせいだ、気のせいだ」と自分に言い聞かせながら、ケイは奥へ進んだ。足元には古い木の根が絡まり、ところどころに動物の骨らしきものが転がっている。

    ふと、ケイは奇妙なものを見つけた。木の幹に彫られた小さな模様だ。それは、人間の顔を抽象的に描いたようなもので、無数の目がこちらを見つめているように感じられた。

    「なんだこれ……?」

    さらに奥へ進むと、また同じ模様が別の木に彫られているのを見つけた。そして、それが連続して森全体に広がっていることに気づいた。

    「まるで……道案内みたいだな」。

    ケイは模様をたどるように歩いた。すると、突然、周囲が異様な静寂に包まれた。鳥の声も、虫の音も、何も聞こえない。代わりに、遠くから微かな声が聞こえてきた。

    「――助けて――」

    「誰だ!」ケイは叫んだが、返事はなかった。

    声の方向に進むと、小さな祠のようなものが現れた。それは苔に覆われ、何十年も放置されているようだった。中を覗くと、人の形をした木彫りの像が置かれていた。像は不気味なほど精巧で、まるで生きているかのような気配を放っている。

    その瞬間、背後でカサリと音がした。振り返ると誰もいない。だが、足元に影が映っている。

    「誰かいるのか?」

    ケイが声を出すと、祠の中の木彫りの像がわずかに動いた。

    ――次の瞬間、意識が途切れた。

    数日後、ケイの大学で「行方不明になった」という噂が流れた。警察が森を捜索したが、彼の痕跡は一切見つからなかった。ただ、祠の中には新しい木彫りの像が増えていた。

    ケイの意識が途切れた時、彼は暗闇の中に落ちていくような感覚に包まれていた。どれほどの時間が経ったのかわからない。周囲には何も見えず、何も聞こえなかった。ただ、自分が「ここにいる」という感覚だけがかろうじて残っていた。

    だが、次第に変化が訪れた。ケイの中に、見覚えのない光景が流れ込んでくる。森の中で遊ぶ子どもたち、薪を集める村人、何かを祈るように木を彫る男――それらは、遥か昔の森の記憶だった。

    「これ……誰の記憶だ?」

    彼の問いに答える者はいない。しかし、その光景は次々と頭の中に流れ込み、やがて一つの真実が浮かび上がってきた。

    森はかつて人々の生活の中心だった。豊かな自然と共存し、祠で感謝を捧げることで、村人たちは平穏を得ていた。しかし、ある時から人々は森を軽視し、木々を無秩序に切り倒し始めた。怒り狂った森は村人たちを次々と飲み込み、祠に封じ込めた。それ以降、この森に足を踏み入れる者は、「森の記憶」として取り込まれるようになったのだ。

    突然、ケイの意識に鋭い痛みが走った。次の瞬間、彼は自分が祠の中にいるのを感じた。しかし、それは彼自身の身体ではなかった。

    視界は木の質感に覆われ、動こうとしても身体が硬直している。ケイは自分が木彫りの像になったことを悟った。

    「いやだ……こんなことって……!」

    叫びたい衝動に駆られるが、声は出ない。代わりに、遠くで微かに人の足音が聞こえた。それは警察や地元の人々が捜索に来た音だった。

    ケイは必死に彼らに呼びかけようとした。しかし、祠の中に置かれた木彫りの像はただ静かに佇むだけだった。

    それからしばらくして、ケイの意識は再び霧の中に包まれた。時折、祠の前に人が立つ気配を感じる。だが、誰もケイの存在には気づかない。そして彼は悟った――自分はもう「人間」ではなくなり、「森の記憶」の一部として永遠にここに囚われるのだと。

    時間の感覚が消えた頃、ケイは一つの「役割」を与えられた。新たな侵入者が現れるたび、森の力が彼に囁く。

    「次の像を作るのだ」と。

    ケイはかつて人間だった自分を忘れ、ただ森の命令に従い、新たな犠牲者を迎える役目を繰り返す存在となった。

    そしてある日、また一人の若者が森に足を踏み入れた。

    祠の中のケイは、微かに動き出す――かつて自分が感じた恐怖を知ることなく、次の訪問者を迎え入れるために。

  • 【短編小説11】

    最後のサービス

    田中は、定年退職を迎え、悠々自適の生活を送っていた。ある日、突然の心臓発作で倒れ、気がつくと見知らぬ白い部屋にいた。

    「ここはどこだ?」

    周囲を見回すと、一人の案内人が現れた。

    「田中様、ようこそお越しくださいました。ここは『アフターライフ・サービスセンター』でございます。」

    「アフターライフ?つまり、私は死んだのか?」

    「はい、そうです。しかしご安心ください。我々はお客様の生前のご希望に沿った死後の世界をご提供しております。」

    田中は生前、特に宗教的な信念もなく、死後の世界について深く考えたこともなかった。

    「私は特に希望など出していないが…」

    「その場合、我々がいくつかのオプションをご提案させていただきます。」

    案内人は微笑みながら、タブレット端末を操作し、いくつかの映像を田中氏に見せた。

    1. 天国プラン:美しい景色と永遠の安らぎが約束された世界。
    2. 輪廻転生プラン:新たな人生を別の形で再スタート。
    3. 幽霊プラン:現世に留まり、見守る存在となる。

    田中は少し考えた後、質問した。

    「これらのプランには費用がかかるのか?」

    「いいえ、すべて無料でご提供しております。ただし、一度選択されますと変更はできません。」

    田中は再び考えた。永遠の安らぎも、新たな人生も魅力的だが、現世に未練がないわけではない。

    「幽霊プランを選んだ場合、家族や友人に会えるのか?」

    「はい、ただし姿は見えず、声も届きません。ただ、そばで見守ることは可能です。」

    田中は深く息をつき、決断した。

    「では、幽霊プランでお願いしよう。」

    「かしこまりました。それでは、こちらの契約書にサインをお願いいたします。」

    田中がサインを終えると、突然視界が暗くなり、次の瞬間、自宅のリビングに立っていた。家族が悲しみに暮れている姿が見える。声をかけようとするが、やはり声は出ない。

    しかし、家族のそばにいられることに安堵し、これで良かったのだと思った。

    数日後、田中は家族が少しずつ日常を取り戻していく様子を見守っていた。自分の存在が家族の支えになっていると感じていた。

    しかし、ある日、家族が引っ越しを決意した。新しい生活を始めるために。

    田中は取り残された。新しい住人が引っ越してきても、彼らには何の感情も湧かない。孤独と虚無感が彼を包み込んだ。

    「これが永遠に続くのか…」

    田中は、自分の選択を後悔し始めた。しかし、もう遅かった。

    田中が虚無感に苛まれていたある日、新たな異変が起きた。
    リビングに設置されたテレビが突然光りだし、画面に見覚えのある案内人が映し出された。

    「田中様、アフターライフ・サービスセンターです。いかがお過ごしですか?」

    「いかがお過ごしも何も、完全に孤独だ!こんなはずじゃなかった!」

    案内人は微笑みながら田中氏を見つめた。
    「田中様、実はこのプランには試用期間がございまして、本日はその終了日となります。」

    「試用期間?そんな話は聞いていないぞ!」

    「契約書の小さな文字で記載がございます。ですがご安心ください。本日をもちまして再選択が可能となります。」

    田中は少し期待に胸を膨らませた。
    「つまり、別のプランに切り替えられるのか?」

    「はい。ただし、これが最終選択となります。変更はこれが最後ですので、慎重にお選びください。」

    案内人が再びタブレット端末を操作すると、画面には以前のプランに新しいオプションが加わっていた。

    1. 天国プラン:美しい景色と永遠の安らぎが約束された世界。
    2. 輪廻転生プラン:新たな人生を別の形で再スタート。
    3. 幽霊プラン:現世に留まり、見守る存在となる。
    4. 消滅プラン:存在そのものを完全に消し去り、無へと還る。

    田中は最後の選択肢に目を見張った。
    「…消滅プラン?」

    案内人は淡々と説明を続けた。
    「完全な無でございます。感情も意識も存在そのものが消滅し、真の安らぎを得られます。恐れることはございません。」

    田中は考え込んだ。
    「天国プランや輪廻転生は魅力的だが、本当に幸せになれる保証はない。幽霊プランはもう二度と選びたくない。そして消滅プラン…これが安らぎと言えるのだろうか?」

    案内人は続ける。
    「田中様、時間が限られております。決断をお願いいたします。」

    田中は深呼吸をした。選択肢をじっくり見つめ、ようやく決意した。

    田中はしばらく逡巡した後、意を決して言った。
    「…消滅プランを選ぶ。」

    案内人は静かに頷き、画面上に契約書を表示した。
    「ありがとうございます。それではこちらに最終承認のサインをお願いいたします。」

    田中が指を画面に滑らせてサインを終えると、部屋の光が徐々に薄れていった。やがて、周囲は完全な暗闇となった。

    その暗闇の中で、田中の意識はまだ存在していた。
    「これが消滅なのか?意識があるままではないのか…?」

    しかし、次第に意識そのものが薄れていくのを感じた。感情が消え、記憶が霧散していく。名前、顔、そして家族の存在すら曖昧になっていく。

    「これでいいのだ」と田中は思ったが、その思考すらすぐに消え去った。

    完全な無――そこには時間も空間も存在しない。ただ無限に広がる静寂。田中は自分が消えたことすら認識できない世界へと溶け込んだ。

    しかし、どれだけの時間が経ったのかもわからない無の中で、かすかな「気配」を感じた。それは田中自身のものではなかった。

    突然、遠くから声が聞こえた。

    「お疲れさまでした、田中様。消滅プランの体験はいかがでしたか?」

    田中の意識が引き戻されるように、再び「存在」を感じた。目の前には例の案内人が立っていた。

    「…どういうことだ?私は消滅したはずでは?」

    案内人は微笑みながら答えた。
    「実はこれも試験段階のプランでした。真の消滅を選ぶ前に、まず疑似的な消滅を体験していただく仕組みです。」

    「つまり、私はまだ…存在しているというのか?」

    「はい。そして、これで最終的な選択をしていただけます。真の消滅をご希望でしたら、今度こそ完全にお消えいただけます。」

    田中は驚きと怒りで声を荒げた。
    「ふざけるな!私はもう十分だ!何もかも終わらせてくれ!」

    案内人は静かに頷いた。
    「承知しました。それでは、今度こそ――」

    田中の視界がまたしても暗くなった。その瞬間、彼の意識は永遠に消え去った。どんな気配も、痕跡も残ることなく、完全な無となった。

    エピローグ

    案内人はシステム画面を閉じると、次の名前を呼び出した。
    「次の方、どうぞ。」

    部屋のドアが開き、新たな一人が入ってきた。彼の顔には困惑が浮かんでいる。

    「こちらは『アフターライフ・サービスセンター』です。どうぞお気軽にプランをご選択ください。」

  • 【短編小説10】

    山間の小さな村に、古い木造の青い家があった。
    家はずいぶん前から空き家で、住む者は誰もいない。にもかかわらず、村人はその家に近づこうとしない。子どもたちは「青い家には何かがいる」とささやき合い、大人たちは何も語らないが、夜になると家のほうを見ないようにしている。

    そんなある日、都会から男がやってきた。名前は高野といい、村の静けさに魅了され、青い家に住むことを決めたのだ。村人たちは止めようとしたが、高野は「迷信だろう」と笑って取り合わない。

    高野が住み始めた最初の数日は、何事もなかった。村の清らかな空気に癒やされ、彼は幸せだった。しかし、3日目の夜、彼は妙な気配を感じた。風のない静かな夜、どこからか足音が聞こえるのだ。

    「誰だ?」
    高野は部屋の外に向かって叫んだが、返事はない。足音は家の中を徘徊するように続き、そのたびに床が軋む。

    翌朝、高野は村人に尋ねた。
    「あの家、何かおかしいぞ。夜になると足音がするんだ。」
    村人たちは顔を曇らせたが、結局は首を横に振るだけだった。

    「なら、自分で調べるさ。」
    高野はその夜、懐中電灯を片手に家の中を隅々まで探索した。すると、物置部屋の奥に、小さな木製の扉を見つけた。

    「こんなところに隠し扉が?」
    興味本位で扉を開けると、急な階段が下へと続いている。地下室のようだ。湿った土のにおいが鼻を突く。

    階段を降りていくと、薄暗い空間にたどり着いた。そこには奇妙な像が一体立っていた。像は人間のようで、人間ではない。異質な存在感を放っている。巨大な目と細長い手足を持ち、不気味な笑みを浮かんだ表情のよう、、、

    その瞬間、部屋全体が震え出した。像の顔が徐々に動き出し、裂けたような口からかすれた声が響く。

    「ずっと……待っていた……」

    像が語り始めると、赤い目を持つ影たちが高野を囲むように近づいてきた。その目の一つ一つには、人間らしい感情が宿っているように見えたが、何か異質な怨念が漂っていた。

    「おまえ……人間だな……?」
    像が問いかける。

    「そ、そうだ! お前たちはなんだ? この家はなんなんだ?」
    高野は恐怖を押し殺しながら叫んだ。

    「ここは……捨てられた命の……吹きだまりだ……」
    像が語り始めた。

    この家は、かつて疫病で多くの人々が亡くなった村に建てられたものだったという。村の人々は疫病にかかった者をこの場所に隔離し、助けることもせず、見捨てたのだ。閉じ込められた人々はやがて命を落とし、その無念と怨念がこの家そのものに染みついたのだという。

    「人々は忘れるが……私たちは忘れない……」

    赤い目の影たちは、この家に入る人間を取り込み、怨念を増幅させていく存在だった。像はその中心となる「核」であり、無数の命の絶望と憎しみを吸い上げている。

    高野は像に近づき、懐中電灯を像に向けて叫んだ。
    「ふざけるな!お前たちが人を襲い続ける理由なんてどこにもない!」

    すると像が不気味に笑った。
    「理由? お前たち人間が私たちを創ったのだ。私たちはただ……ここに居続けるだけ……」

    高野はとっさに持っていたライターを取り出し、像に火を放とうとした。しかし、火は一瞬でかき消された。影たちが一斉に襲いかかり、高野は闇の中へと引きずり込まれていった。

    数日後、村人たちは高野がいなくなった青い家を遠くから見上げた。誰も彼の行方を確かめようとはしない。ただ一人、村の老人が静かに語った。

    「あの家は……村の罪そのものだよ……。あれを消し去るには、我々自身がその過去に向き合うしかない……だが誰も、それができんのだ……」

    青い家は今日も静かに立ち続けている。誰も近づこうとしない家の中から、ときおりかすかな呻き声が聞こえてくる。それは高野のものか、あるいは、それ以前に飲み込まれた誰かなのか──誰にも分からない、、、。

  • 【短編小説⑥】

    川のささやき

    その川には、奇妙な伝説があった。
    「夜になると、川辺を歩いてはいけない。声をかけられても、振り返ってはいけない。」

    村人たちはそう口をそろえて言うが、理由を聞くと皆が

    一様に黙るのだった。

    ある日の夕方、都会から来た若い男、健一はその川辺を散策していた。都会の喧騒から逃れてこの村に来た彼にとって、広がる静かな自然は心地よかった。川は穏やかに流れ、

    夕陽に輝く水面がまるで黄金の絨毯のようだった。

    ふと、彼は川の中に奇妙なものを見つけた。水面近くに

    何かが浮かんでいる。それは……人の顔のように見えた。

    「……あれ?」

    健一が目を凝らして見ると、それは消えてしまった。

    彼は一瞬、自分の見間違いだと思ったが、胸騒ぎがした。

    その夜、宿に戻った彼は、川で見たことを村の宿主に

    話した。宿主は目を見開き、声を潜めてこう言った。
    「その川は、この村の秘密なんです。夜には決して

     近づかないでください。」

    しかし、健一の好奇心は抑えられなかった。「秘密」という言葉に惹かれ、夜更けにこっそり宿を抜け出し、川へと

    向かった。

    月明かりの下、川は静かに流れていた。昼間の穏やかさとは異なり、不気味な静寂が漂う。彼が川岸を歩いていると

    どこからか声が聞こえた。

    「……ねえ、そこのあなた……」

    それは甘い、しかしどこか冷たい声だった。振り向こうとしたが、村人たちの警告が脳裏をよぎる。

    「振り返ってはいけない。」

    しかし、声は続けた。
    「振り返って、こっちを見て。私、ずっと待ってたの。」

    健一の足は止まり、身体が自然と声のほうへ向きそうになる。だが、振り向く寸前で理性が勝り、彼は走り出した。

    声はなおも追いかけてきた。
    「振り向いて!どうして逃げるの?」

    全力で走り、宿に戻った健一は息を切らして振り返った。

    追いかけてきたはずの声はもう聞こえない。

    翌朝、川辺で彼が落とした帽子が見つかったという知らせが届いた。しかし、村人たちはそれを拾おうとしなかった。
    「触らない方がいいですよ。あの川のものには

     何かが取り憑いている。」

    健一は村を離れた後も、あの声を忘れることができなかった。都会に戻っても、川のささやきが夢に現れ続けたという。

    そしてある日、彼は再び村を訪れた。誰もいない川辺で、夜になるのを待ちながら。

    月明かりの下、川が再びささやき始めた。
    「待っていたよ……ずっと。」

    その夜を最後に、彼の姿を見た者はいなかった。

  • 【短編小説⑤】

    消える山小屋

    登山が趣味の男、吉村は、山奥にある「幻の小屋」の

    噂を聞いた。
    その小屋は、地図にも載っておらず、現れる場所が

    毎回違うという。迷い込んだ登山者を助けると

    言われる一方、一度入ったら出てこられなくなるという

    不気味な話もあった。

    吉村はその噂を一笑に付しつつも、どこか興味を惹かれ

    週末に山に入ることにした。

    天気は快晴だったが、山道は予想以上に険しく、日が暮れる頃には体力が尽きかけていた。さらに運の悪いことに

    突然霧が立ち込め、道に迷ってしまった。

    「参ったな……」

    そのとき、ふと霧の向こうに明かりが見えた。近づいてみると、そこには小さな山小屋が建っていた。

    「まさか……」

    吉村は噂を思い出し、少し躊躇したが、寒さに耐えきれず

    扉を叩いた。

    「誰かいますか?」

    中からは年配の男性が顔を出した。
    「おや、迷い込んだのかい?さあ、入って温まるといい。」

    中は思ったよりも広く、暖炉の火が心地よく燃えていた。

    吉村はほっとしてお礼を言い、出されたスープを飲みながら話をした。

    「あなたがこの小屋の主人ですか?」

    「まあ、そうだね。長いことここにいる。」

    主人は穏やかに微笑んだが、どこか影があるようにも見えた。吉村は少し違和感を覚えたが、疲れていたので深く考えず、そのまま眠りについた。

    翌朝、目を覚ますと、主人の姿はなく、小屋の中もひどく

    荒れ果てていた。暖炉の火は消え、床には埃が積もって

    いる。まるで何十年も人が住んでいないかのようだった。

    「どういうことだ……?」

    吉村は慌てて外に出た。すると小屋の周囲には無数の足跡があった。それはまるで、何かが小屋を中心にぐるぐると取り囲んだように見えた。

    さらに奇妙なことに、夜に見た明かりがどこからともなく再び点滅しているのが遠くに見えた。それは昨夜の小屋の場所とは明らかに違っていた。

    恐怖を感じた吉村は、来た道を必死に下山した。幸い、昼過ぎには無事に山を降りることができたが、振り返ると、あの小屋のあった場所には何もなかった。

    町に戻った吉村は山の噂を地元の人に尋ねた。すると、

    老人がぽつりと言った。
    「あの小屋を見たのか……。昔、あそこで助けられた人たちが何人もいるそうだ。でも、不思議なことに、その中には山から戻れなかった人もいるらしい。」

    吉村はそれ以上聞くことができず、

    足早にその場を立ち去った。

    今でも山に行くと、あの霧と明かりを思い出すことがある。そして心の中でこう呟くのだ。

    「もう二度と、あの小屋には近づかない。」