サンタの秘密

町外れの古びたアパートに住む少年リョウは、今年もサンタクロースには会えないだろうと思っていた。去年もその前も、プレゼントは届かなかったからだ。
クリスマスイブの夜、リョウは窓辺に立ち、冷たい風を感じながら星空を見上げた。「サンタなんて、本当はどこにもいないんだろうな」。
その時、隣の部屋から話し声が聞こえてきた。壁越しに耳を澄ませると、低い声が言った。
「今年もプレゼント配りは厳しいな。予算が足りないんだ」。
リョウは驚いた。隣の部屋に住んでいるのは、昼間はただの冴えない中年男性、タカヤマさんだ。だが、どうやら彼はサンタクロースそのものらしい。
好奇心に駆られたリョウは、そっと隣の部屋の扉をノックした。すると、しばらくの沈黙の後、扉がギシッと開いた。タカヤマさんが、赤い服を片手に持って立っていた。
「ああ、ばれてしまったか」。彼は困ったように笑った。
リョウが事情を尋ねると、タカヤマさんは小さな声で説明を始めた。世界中のサンタクロースたちは、毎年少しずつ予算や資源が減ってきていて、全員の子どもにプレゼントを届けるのは不可能になっているのだという。
「でも、それじゃあ困るよ!」リョウは声を上げた。「クリスマスがなくなっちゃうじゃないか!」
タカヤマさんはリョウの熱意に感心したようだった。そして、しばらく考えた後、彼に提案した。「手伝ってくれるなら、今年は少し特別なことができるかもしれない」。
その夜、リョウとタカヤマさんは近所の子どもたちの家を回り、手作りのプレゼントを届けた。大きな袋には、お菓子や絵本、小さなおもちゃが入っていた。
朝になり、リョウが家に帰ると、自分の机の上に小さな箱が置かれていた。開けると、中にはキラキラと輝く星形のペンダントが入っていた。
「ありがとう、リョウ」。メッセージカードにはそう書かれていた。
それ以来、リョウはクリスマスのたびにタカヤマさんと一緒にプレゼントを配るようになった。そして彼は、サンタクロースが「魔法の存在」だけではなく、思いやりや行動から生まれるものだと知ったのだった。
あれから10年。リョウは18歳になっていた。高校を卒業したばかりの彼は、進学や仕事ではなく「サンタクロースになる」という少し変わった夢を追い続けていた。
隣の部屋に住むタカヤマさんは、年を取って少しずつ動きが鈍くなってきていたが、それでもプレゼントを配る仕事を続けていた。
「リョウ、そろそろ君が本物のサンタクロースになる時が来たみたいだ」。
イブの夜、タカヤマさんがそう言って、一冊の古びた本をリョウに手渡した。本には「サンタクロースの心得」とだけ書かれていた。
「サンタクロースって、結局は仕事なんですか?」リョウが尋ねると、タカヤマさんはゆっくり首を振った。
「いや、これは単なる手引きだ。サンタクロースは、プレゼントを配るだけじゃない。人々に希望を届け、誰かを笑顔にする力を持つ者のことだよ。そして、君にはその資格がある」。
リョウは本を受け取り、その内容を読み込んだ。サンタクロースになるには、魔法や技術だけではなく、人を喜ばせる創造力や、困っている人を助ける優しさが必要だと書かれていた。
その年のクリスマスイブ、タカヤマさんとリョウは最後の「共同作業」を行った。リョウはプレゼントを抱えながら、昔と同じように街を駆け回った。しかし、途中でタカヤマさんが突然立ち止まった。
「これから先は君一人でやるんだ、リョウ」。
「え?」
タカヤマさんは、ポケットから星形のペンダントを取り出し、リョウの手にそっと乗せた。「これは、君が子どもの頃に受け取ったものだろう。サンタクロースは星を運ぶ者。これを持っていれば、君も本物のサンタクロースになれる」。
タカヤマさんはそれきり姿を消した。
それから数年、リョウはサンタクロースとして世界中を旅するようになった。もちろん、最初は困難の連続だった。資金が足りない年もあれば、協力者が集まらないこともあった。それでもリョウは、かつてのタカヤマさんのように手作りのプレゼントや心のこもったメッセージで、多くの子どもたちに笑顔を届け続けた。
ある日、リョウは自分の後継者を探す旅を始めた。「次のサンタクロース」が必要になる日が来るかもしれないと感じたからだ。そして彼は、ある町外れの古いアパートで、一人の少年に出会う。
少年は幼い頃のリョウそっくりだった。少しひねくれていて、サンタクロースなんて信じていなかった。しかし、リョウは微笑んで言った。
「僕も昔、そうだったんだ。でもね、サンタクロースは本当にいるんだよ。そして君だって、いつかその一人になれる」。
少年は目を丸くしてリョウを見つめた。そして、その年のクリスマスイブ、少年はリョウと共に小さな町で初めての「プレゼント配り」を体験することになった。
こうしてリョウは、自分が受け取った星を次の世代へと渡していく。サンタクロースとは、誰かが誰かの幸せを願う気持ちから生まれるもの。リョウの星は、何世代にもわたり輝き続けることだろう。
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