星空の手紙

悠太が星に惹かれたのは、幼い頃に見た一枚の写真がきっかけだった。宇宙の奥深く、無数の星々が色鮮やかに輝く宇宙望遠鏡の画像。それを見た彼は思った。「この広大な世界に、僕たちはどれほど小さい存在なのだろう」と。
それ以来、星空を見上げることが彼の習慣となり、趣味で始めた天体観測は次第に彼の日常の中心になった。都会から離れた山間の観測台を訪れるたび、悠太は星々と対話しているような感覚を覚えた。
ある日の夜、いつもと同じように観測を続けていた悠太は、一際明るく輝く星を見つけた。地図にも載っておらず、記録にもないその星は、時折不規則に光を点滅させていた。まるでメッセージのようだと感じた悠太は、その星に目を凝らし、その点滅を細かく記録した。
翌日、彼は解析を始めた。コンピュータにデータを入力し、点滅のパターンを解析すると、それはモールス信号に似た規則性を持っていることが分かった。メッセージは途切れ途切れだったが、こう読めた。
「わたしはここにいる。」
悠太は胸の鼓動が速くなるのを感じた。星が語りかけている?そんな馬鹿げた話があるのか?だが彼の中には、不思議と疑いよりも確信があった。次の夜も彼は観測台を訪れ、星の光を追った。
解析を続ける中で、さらにいくつかの言葉が読み取れた。
「あなたはわたしを見ているのですか?」
「ここでずっと待っていました。」
悠太はどうしても応えたくなった。しかし、どうやって星に返事を送ればいいのか分からない。試しに小さな光源を使って夜空にモールス信号を送ってみたが、星は何の変化も示さなかった。それでも彼は諦めなかった。
数週間後のある夜、いつものように観測をしていると、望遠鏡のレンズが突然淡い光を放ち始めた。驚いた悠太が目を離した瞬間、光は部屋全体を満たし、彼の意識はどこか遠くへ引き寄せられるような感覚に包まれた。
気がつくと、悠太は星空の中に立っていた。足元には何もなく、ただ無限に広がる光の海が広がっている。彼の周囲を漂う星々の光の粒が、やがてひとつに集まり、人の形を成した。
「わたしは星の記憶。この宇宙に存在するすべての声を受け継ぐ存在です。」
その声は優しく、どこか懐かしさを感じさせた。悠太は戸惑いながらも質問を投げかけた。
「どうして僕に話しかけてきたんですか?」
「あなたが星空を見つめ、私たちの声に耳を傾けたからです。多くの人々が空を見上げますが、本当にその奥にある意味を探ろうとする者は少ない。」
「星の記憶」と名乗るその存在は、悠太に宇宙の歴史を語り始めた。星々の誕生と死、無数の文明が宇宙に芽生え、そして消えていったこと。光となって残った記憶が、今も星空の中に漂っていること。そしてそれらが宇宙を織り成す物語の一部であること。
「だが、全ての光はやがて消え、闇に還ります。それは避けられない運命です。」
悠太はその言葉に胸を締め付けられるような思いを抱いた。
「それでも、僕たちがこうして光を見つめ、記憶を感じることで、少しでもその灯火を守れるんじゃないですか?」
その言葉に「星の記憶」は小さく頷いたように見えた。
「あなたのような存在がいることが、私たちに希望を与えます。どうか、この星空を忘れないで。」
気がつくと、悠太は自室の観測台に戻っていた。夢だったのか?だが彼の手には、光の粒がひとつだけ残されていた。それは彼にとって、星々との邂逅が確かにあったことを示す証だった。
その夜から、悠太の観測は単なる趣味ではなくなった。星空を見上げるたび、彼は宇宙に記された無数の記憶を感じ、そこに新たな物語を紡ごうと心に誓ったのだ。
星空は変わらずそこにあり、いつでも彼を迎え入れてくれるようだった。
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