【短編小説 予見】

予見

翔太には、不思議な力があった。

それは、「少しだけ未来が見える」というもの。

ただし、その能力は万能ではない。見る未来は数秒から数分先程度。しかも、いつ発動するかはわからず、不意にビジョンが脳裏をよぎるだけだった。

子どもの頃は、この能力に悩まされた。転びそうな友達を事前に助けたら「なんでわかったの?」と気味悪がられたし、誰かがこっそりお菓子をつまみ食いするのを予知してしまい、逆に自分が疑われることもあった。

「この力、あんまり役に立たないな……」

そう思いながら大人になり、翔太はごく普通の会社員として働いていた。能力は日常生活のちょっとした場面で役立つこともあったが、劇的に人生が変わるようなことはなかった。

ある日のこと。翔太は会社の帰り道、何気なく交差点を歩いていた。すると、突然頭の中に映像が流れ込んできた。

「横断歩道を渡る自分。その瞬間、猛スピードのトラックが信号を無視して突っ込んでくる――」

翔太はハッとして立ち止まり、すぐに横断歩道から一歩引いた。次の瞬間、予知通りにトラックが赤信号を無視して走り抜けていった。

「危なかった……」

もし能力がなかったら、確実に轢かれていただろう。初めて自分の力に救われた瞬間だった。

それ以来、翔太はこの力を少しでも役立てられないかと考え始めた。とはいえ、未来を大きく変えられるほどの力ではない。できるのは「ちょっとした先の出来事を回避する」程度だ。

しかし、ある日、大きな転機が訪れた。

翔太はカフェでコーヒーを飲んでいると、不意にビジョンがよぎった。

「目の前に座っている女性がスマホを落とし、それを拾おうとしてカバンの中身をぶちまける」

目の前にいるのは、どこか上品な雰囲気の女性だった。翔太は少し迷ったが、思い切って声をかけた。

「あの……すみません、スマホ、落としそうですよ。」

女性は驚いた顔をしたが、次の瞬間、本当にスマホを落としそうになり、慌てて掴んだ。

「あ、ありがとう! よくわかったね!」

「いや、なんとなく……」

翔太は適当にごまかした。

それが、未来の妻・麻美との出会いだった。

翔太の能力は、彼の人生を劇的に変えたわけではなかった。ただ、ちょっとした危険を避けたり、人を助けたり、素敵な出会いを生んだりする程度のものだった。

それでも、彼はこう思うようになった。

「未来が見えるのは、ちょっとした幸運を掴むためのものなのかもしれない。」

そして数年後、翔太は幸せな家庭を築きながら、今日もふとした未来を見つつ、穏やかに生きている。

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です